JSTが公開している研究倫理教育のための動画「THE LAB」を見た。大学院生、ポスドク、PI、研究公正責任者の4人の立場で適切、不適切な行動を選択しながら研究倫理や不正の要因、調査の問題や障害などを学ぶ事ができる。私は全部の選択肢を試していないが、4人全員分をやった。なかなか勉強になった。いい教材だと思う。
動画の中で大学院生が論文を確認することなしに共著者としてのサインを求められるシーンがある。現実に確認なくサインして論文を出す事はある程度ある事だ。例えばSTAP細胞事件では共著者の一部の人たちは中身を確認する事なく共著者としてサインして論文を投稿した。その事が大きな不正を出した要因の一つになった。
他にも部下や学生の扱い方、忙しさ、時期などいろいろな間接的な要因が不正に繋がっていく様や人的、組織的関係で研究不正の問題を扱う事の難しさが扱われていた。学生やポスドクだけでなくPIや研究公正責任者といったシニアの人たちもこの動画を見ると勉強になると思う。
全部の選択肢を実行するのは少し時間がかかる。
この動画を見て研究不正の問題は関わりたくないという嫌な印象を持つ人が多いのではないかと感じた。しかし、どんな研究者も研究不正の問題に巻き込まれる可能性があり、きちんと適切な対応をとるための学習をする事は重要だ。私は研究不正の問題をよく扱ってるが動画を見て、まだまだ勉強不足だと思った。
このような倫理教育は重要だが、大きな問題は故意に規範を破る人や団体に対して効果がない事だ。例えば動画の中で内部告発した大学院生が被告発者と人的問題を抱えていた時の研究公正責任者の対応を選択するシーンがある。人的問題で申立ての信憑性がないから手続きを打ち切る選択をすると次の解説が出る。
「個人的な先入観であなたの客観性が曇るようなことがあってはいけません。申立てを評価する際には、もちろん人間的要素を考慮しなければなりませんが、同時に、客観性を保ちデータに焦点を当てなければなりません。実際のところ、申立者と被申立者の間にはしばしば既に何らかの人間関係があり、時には、あからさまな敵意が存在することもあるのです。今回のケースは例外の様ですが、一般的に人は友人に対して申立てをしないでしょう。」(JSTのTHE LABの解説)
私のようにネットで第三者の研究不正を指摘する者は被告発者と全く面識がないが、一般に内部告発者と被告発者は友好的でない。動画だと告発者と被告発者の人的問題を理由に手続きを打ち切る選択をすると研究不正が発覚して研究機関に大損害が出る結末になる。
研究公正責任者が告発者の人的問題を考える事は重要だが、それだけを理由に申立ての信憑性が乏しいとして調査を行わないのは不適切で、客観的なデータや証言等の証拠をもとに総合的に判断しなければならない。当たり前だが客観的な証拠から不正が疑われれば公正に調査しなければならず、不正があれば認定して適切な対応をしなければならない。告発者の人的問題は調査を公正に行わなかったり、被告発者の不正責任を減免したり隠蔽する理由には全くならないからだ。きちんと公正に対応しないと社会や他の研究者が不正な研究で大損害を受けたり、公的研究費も損害を受ける。被告発者や研究機関だけが良ければいいという問題ではない。
しかし、日本の研究機関をみると、このような事をわかっていても不都合だから故意に不公正に扱う機関が珍しくない。故意に研究不正を行う者も同様で、規範を故意に破る人や団体には倫理教育だけでなく、もっと別な対策が必要だ。
それにしても、この動画は研究不正や未確認のサインをした事の結末が酷かった。未確認のサインをした大学院生は自分が不正実行者でなくても後に論文で研究不正が発覚してキャリアに傷がついてしまったし、忙しさのためにデータ流用したポスドクは不正が発覚して大学を追放、家庭でも妻の信頼を失ってしまった。生まれてくる子供に親が嘘つきだったと思われるのも非常に辛い。研究室やPIも酷い事になってしまった。
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元ポスドク「仕事を失うのが怖くて僕は研究不正を犯してしまったんだ ばかげてるよね
職を失い 強制的にこの国を追い出されるのが怖かったのに 結局 自分が原因で国を去るわけだけどね」
友人「プレッシャーがそうさせたのは分かっているよ でも これが世界のおわりではないよ たまには電話してきて」
元ポスドク「ああ 電話するよ」
ナレーション「ですが本当に電話するのか自分でも分かりません
信頼に背いた人達と向き合うことは難しいことです
あなたは展望を失い 悪い選択をしてしまいました
それは ある意味 あなたにとって世界のおわりともいえます
他の展開もあり得たのです」
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(JSTの公開したTHE LABより)
研究不正防止のための動画なので仕方ないが、悪い結末で嫌だ。こんなの見たくない気になるかもしれない。ただ、動画を見て研究倫理を学ぶ事は有益だと思う。
研究公正のための対策は倫理教育以外に必要だが、研究者がこの動画を見て研究倫理を学ぶことは有意義だと思う。