毎年上級はかなりの計算量を求められる事が多く、本問も同じ。多くの人がまず全円と小円の半径の関係を出そうとしたと思う。それが(7)。この表記からいって手計算で解けない、計算が非常に煩雑という嫌な予感がしたかもしれない。(7)以降は直角三角形の底辺、高さ、斜辺の長さを小円の半径rで表し、三平方の定理を適用し、rに関する方程式を導出。それが(12)で、これを手計算で解くのは無理なので二分法を使って解く。現在の高校生は二分法等の数値解法を学ぶので、この方法でもよいし、平成22年上級は数値計算でも正解になっている。
求めたrを(7)に代入して計算すると、ぴったりR=6となるので、全円の直径は12寸。答えが12寸になる事を予想できた挑戦者もいたかもしれない。
『和算の図形公式 -算法助術-』(中村信弥 編著) 公式64より
上の別解は(7)までは最初の解法と同じで、それ以降は公式64(2)を適用。rの解析計算の表記は上のとおりで、普通は手計算で出せる値ではない。それにこの解法は直角三角形の条件を使っていないので出題趣旨に沿った解答ではないだろう。ただ、こんな解法もある事を示すために紹介した。
ところで、『和算の図形公式 -算法助術-』(中村信弥 編著) 公式9は次のとおり。
これに大円、中円の直径を代入すると(全円の直径)2 = 2×9×8=144、よって全円の直径=12寸と簡単に求まる。ただ、この解法は上級の方の小円を全く使わないので出題趣旨の解答ではない。また、公式9は公式9の中円、小円が正方形OPBQに接する事を前提に証明しており、問題ではこの条件が与えられていないため、公式9を使うと不正解になると思う。この場合を前提に解いた人は、公式9の正方形OPBQに小円が内接し、全円は小円の2倍と推測したと思う。これは推測であって数学的根拠はない。
公式9の証明を考えると、上級問題と異なる点がある。公式9はQF=(公式9の中円の半径)となる。本問では9/2 = 4.5 だ。では本解答の(3)にR,rの値を代入してKLの長さを求めると、KL = 4.4544389061311193481542595226657・・・ < 4.5 となる。つまり、上級のOKは上級の大円と接しない。これは明らかに矛盾で、上級問題と公式9の図は同じ状態でない。その意味でも公式9を使って上級問題を解くと不正解になると思う。もちろん、全円の半径は小円の半径の2倍ではない。こう考えた人は数学的根拠のない直観的推測に基づいて解答した可能性が非常に高く、間違っているから不正解。そもそも数学的根拠なく直観的推測に基づいて解答しても不正解なのは当たり前。ただ、公式9を使った結果が上級問題の答えと同じなのは偶然なのか?それにしては少しでき過ぎている感じがする。
一昨年、昨年の上級問題は『和算の図形公式 -算法助術-』の公式を使うと簡単に解け、挑戦者の間でも浸透し、この文献の公式を使って解答を提出した挑戦者が何人かいたと思う。出題側は本年度の上級でも挑戦者が同様の行動をとると予想していたかもしれない。そこで、「楽に正解にはさせませんよ。計算で楽をさせませんよ。公式9を使って楽な計算で済ませたら不正解にしますよ。」という趣旨で本問を出題したのかもしれない。嫌らしいミスリーディング、罠かもしれない。数学的根拠に基づいて解答すれば罠にかからなかったと思う。その意味では数学的根拠に基づいて解答するという当然の事を挑戦者に認識させる点で良かったかもしれない。
もっとも、和算の問題は数学的根拠なく、証明できない条件を前提として出題される事があり、解答者を悩ませる事がある。平成25年度中級、上級がその例。特に平成25年度中級は酷く、問題図が間違っていたため解答者が混乱し出題側に抗議が殺到した。読者の中にはそういう数学的根拠なく証明できない前提条件と数学的根拠が必要とされる事項をどうやって区別するのか疑問に思う人がいるかもしれない。これは直観的、経験に基づく推測で対応するしかないと言うしかない。だから、必ずしも正しい対応ができないかもしれない。思うに、解答者は基本的に数学的根拠に基づいて解答しなければならず、数学的根拠なく証明できない場合は解答不能と答えるしかない。平成25年中級がそうだった。だから、数学的根拠なく証明できない事項を前提条件にするなら出題側がその点をきちんと説明する必要があり、出題前にきちんと吟味して十分な内容で出題する義務があり、その点が不明で解答不能でも解答者に責任はない。はっきりいってこの点が和算や和算に挑戦の悪い点で、これが嫌なら和算や和算に挑戦に関わらない方がいい。実際、必要のない労力や時間を費やすこともある。
近年の上級問題は解答の方針は比較的簡単に思いつくが、計算がかなり複雑で量が多く、平成22年度のように技巧的な計算法を求められる事もある。近年の上級問題は計算量や技巧のために難しいというのが実態で、私は計算が複雑で量の多い問題は考える要素があまりないのであまり面白いと思わない。計算が簡単でも、ある程度の難しさの発想や考え方の発見ですっきり解ける問題の方が面白い。その例は平成21年度の問題だが、平成19年以降でこのような問題は他にない。和算の図形問題の解法は三平方の定理や三角形の相似、円の内接、外接などの決まった方法を適用すれば解法が比較的簡単に見つかる事が多く、難しい問題にしようとすると計算が複雑で量の多い問題になるのかもしれない。
複雑で量の多い計算を正確にできる事に対して数学や和算の面白さを余り感じない。今後も和算に挑戦の上級問題は同様の出題かもしれないが、複雑で量の多い計算が必要な問題ではなく考える事が難しい問題の出題を期待する。