福井大、千葉大の査読欺瞞の事件で両大学の規定に査読関与を禁止する規定がないため慎重調査中という報道があった[1]。あたかも規定がないので査読欺瞞が不正にならず禁止されていないかのような報道だ。これは明らかに間違いであって、査読欺瞞は不正として処罰され、禁止されている。規定で明記されていないからといって不正にならないわけがないだろう。
確かに両大学の規定では捏造、改ざん、盗用(以下、FFP)だけが不正と規定されている。しかし、これは大学が規制すべき最低限の基準だけを示したもので、それ以外の不正を許容する趣旨ではない。文科省ガイドラインでの不正の言及は例示列挙であって、あらゆる不正行為を示したものではない。これは井上明久元東北大学総長の二重投稿事件でも有馬委員会が明確に示していた。当時の東北大学でも内部規定ではFFPのみが規定され二重投稿を不正とするかの言及があった。
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2.研究活動の不正行為と二重投稿の取扱い
(1)研究活動の不正行為の定義
科学研究における不正行為は、科学を冒涜し、人々の科学への信頼を揺るがし、科学の発展を妨げるものであって、本来あってはならないものである。また、厳しい財政事情の下、未来への先行投資として、国費による研究費支援が増加する中、国費の効果的活用の意味でも研究の公正性の確保がより一層求められる。
このような背景を受けて、文部科学省の要請により「科学技術・学術審議会研究活動の不正行為に関する特別委員会」が2006年8月8日付けで「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」の提言を行っている。その第1部「研究活動の不正行為に関する基本的考え方」の中で、不正行為とは、研究者倫理に背馳し、研究活動の本質ないし本来の趣旨を歪め、研究者コミュニティの正常な科学的コミュニケーションを妨げる行為であり、捏造、改ざん、盗用に加え、同じ研究成果の重複発表も不正行為の代表例と考えることができるとしている。一方、第2部「競争的資金に係る研究活動における不正行為対応ガイドライン」で対象とする不正行為は、「発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造、改ざん及び盗用である。ただし、故意によるものでないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為に当たらない。」としている。この主な目的は、重大な不正行為を捏造、改ざん及び盗用の3つの行為とし、同ガイドラインに基づき各大学・研究機関や各資金配分機関が規則等を定め、その行為を行ったことが制裁措置を科すことにかなうものとして、国費によって支援される研究活動の公正性の確保に政府が介入する範囲を適切に説明できるようにする点にあると考えられる。
アメリカでも研究活動の不正行為の概念は論争の的であったが、2000年12月に米国連邦科学技術政策局(OSTP)の研究不正行為に関する連邦政府規律により統一が図られ、そこで不正行為は「研究の計画、実行、解析、あるいは研究結果の報告などの諸側面における、捏造 (fabrication)、改ざん(falsification)、盗用 (plagiarism)」(総称して「FFP」と呼ぶ。)と定義されている。研究の不正行為に対して果たす連邦政府の役割をFFPに限定したのである。
(2)大学における二重投稿の取扱い
国立大学法人東北大学においても、研究不正行為の防止に向けて、前記2(1)のガイドライン等に基づき、「研究活動における不正行為への対応ガイドライン」を制定している。そこで対象とする不正行為は、捏造、改ざん及び盗用と定義されている。大学のガイドラインは、大学として認められない研究行動を判断するための最低限の基準を制定しているものであり、あらゆる研究活動を判断するための基準ではない。大学のガイドラインは、犯罪行為、研究費の不正使用などの法令違反のほか、個人の人権の侵害、不適切なオーサーシップ、論文の二重投稿など研究者の倫理が問われる行為を含んでいないが、もとより研究活動の研究者コミュニティにおいて認められない行為を積極的に許容する趣旨ではない。
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([2]より)
これは東北大学の規定についての言及だが、他の研究機関でも同様。FFP以外の倫理違反が不正行為にならないわけがない。上の調査報告書によると改定前のガイドラインはFFPについて文科省等の介入の範囲を規定したもので、それ以外の倫理違反も不正行為となる。
現に、岡川梓(国立環境研究所)、伴金美(元大阪大学)、加藤茂明(元東京大学)らの不正な大量訂正による隠蔽、立証妨害、名義貸し事件、患者の同意や倫理委員会の承認を得ない研究などの非倫理的研究などは不正行為であり、過去に何回も懲戒解雇などの重い処罰となった。
査読欺瞞が規定されていないので不正にならないかのような報道や福井大、千葉大が慎重調査する姿勢を示した点を見ると、日本では研究公正の専門家がおらず基本的な基準や知見などが普及、定着せず同じ事を改めて検討したり、誤った基準で判断する事が珍しくない。福井大、千葉大が慎重に扱うと主張したことは既に10年以上前に明確な基準が示されているし、査読欺瞞が不正でなく禁止されていないなど常識的に間違っているので争う余地はないのではないかと思うが、改めてこんな事を査読欺瞞が規定されていない事を理由に慎重に扱うと主張するのだから、大学の調査委員会や執行部は研究公正の規定や基本的な考え方がわかっていないのだろう。
研究不正の故意性の問題もSTAP事件で理研調査委員会が故意とは客観的、外形的な研究不正に対する認識をいい、詐害意思などの悪意を含まないと明示したし、これは国際的にも同様の規範だが、長崎大学の盗用事件や野尻崇、寒川賢治らの捏造事件などで外形的な不正の認識があったにも関わらず不正が認定されなかった。これらは調査委員が調査対象分野の専門家ではあっても研究公正の専門家ではなく研究公正に関する基本的な知見や基準を知らないか不正を認定すると不都合なので基準を歪めて扱っている事が原因である。たぶん野尻崇らの事件では調査委員が基準を知らなかった事が原因だろう。
研究公正の専門家を採用したり育成する事も重要で、それを実施した方がいいが、前から主張しているように研究公正の第三者調査機関をきちんと作れば、このような判断は統一的かつ適切な基準で扱われるだろう。日本は研究公正の公正の専門家がいないために基準がばらばらだ。また処分もばらばらで30報以上捏造しても停職で済む大学もあれば懲戒解雇になった例もある。森直樹の大量捏造事件の裁判など、裁判所も判断が悪いのは救いようがない。
研究公正の専門家の採用や育成、第三者調査機関の創設などを迅速に実施して頂きたい。
思えば、私が日々研究公正のデータベース作製などをやっているから上の東北大学の規範などがちゃんと出てくる。これらは研究公正の基礎資料として重要で、せっかく調査例や基準が示されたのだから有効活用して頂きたい。無償利用できるのだから非常にお得ですよ。
参考
[1]秋田魁新法、2022年6月17日
[2]東北大学、研究者の公正な研究活動の確保に関する調査検討委員会 調査報告書(写し、委員長 有馬朗人 元文部大臣・科学技術庁長官・東大総長) 2012年1月24日