これまでに非常に悪質な論文捏造事件がいろいろあった。今年はSTAP細胞事件が発生し世界三大不正の一つと言われた。この事件と同様にブレイクスルーとなった論文の捏造事件としてスペクター事件というものがある。これは1981年にコーネル大学ラッカー研で起きた発がんメカニズムに関するブレイクスルーとなったカスケード理論の捏造事件で、当時24歳の大学院生だったマーク・スペクターが不正実行者。エフレイム・ラッカーはノーベル賞を受賞してもおかしない著名な研究者でスペクターはラッカーの仮説に合致するデータを捏造しサイエンス誌に論文を発表した。計画的な不正で非常に悪質だった。事件の概要は次のとおり。
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NYTの科学部記者、W.ブロードとN.ウェイドの共著『背信の科学者たち』(講談社学術文庫)における、1981年コーネル大学で発覚した「スペクター事件」の説明にある。
エフレイン・ラクール(68)という老生化学者の教授の下で、シンシナチ大学という田舎の二流大学から来たマーク・スペクターという24歳の大学院生が、「がん細胞ではATPアーゼという酵素の活性が正常細胞より劣っている」という教授の理論を、一連の実験により美事に実証した。
このATPアーゼはがん細胞では燐酸化されて、活性が落ちており、この燐酸化は4種類のタンパク質キナーゼの連鎖反応(カスケード)を受け、4番目のキナーゼがATPアーゼを燐酸化するというのである。
さらに当時実証されていたウイルスのがん遺伝子srcはタンパク質キナーゼの遺伝子だが、この遺伝子は正常の細胞内でカスケード反応に関与するタンパク質キナーゼを作っているという証拠をつかまえた。
これでウイルス感染と発がんの理論が統一的に説明されるので、「ラッカー・スペクター」理論はノーベル賞に値すると大反響を呼んだ。
一連の実験でスペクターは、タンパク質分子を識別するのに「ウェスタン・ブロッティング法」というラジオアイソトープを標識として用いる電気泳動法を駆使した。電気泳動というのは、サンプルを載せた泳動用の培地=ゲルを陽極と陰極の間に置くと、タンパク質分子は分子量と表面の荷電に応じて、二次元に展開する。
レーンを2本用意し、片方にアイソトープでラベルしたサンプルを置き、片方にこれから抽出すべき資料を置く。泳動後、写真フィルムを当てて感光させ黒いバンドの位置からサンプルがある位置を割り出し、それに相当する2本目のレーンからゲルを切り出し、タンパク質を回収する。
研究はこの繰り返しである。普通、ボスが見せられるのは感光後に現像したフィルムである。標識にはP32が用いられた。
スペクターが、コーネル大学の別の生化学教授ヴォークトと共同研究した時、事態が変わった。彼は「なぜスペクターでないと実験を再現できないのか」と疑い、泳動を終わった元のゲルそのものにガイガーカウンターを当てたのである。すると音が違った。
P32はベータ線を出す。ところが音はガンマ線の音だった。つまり標識にはベータ線以外にガンマ線も出すI-131が用いられていたのだ。つまりスペクターは、問題のタンパク質がどの位置にバンドを出すべきかを決めて、用意した標準タンパク質からそれに合うものを選び、標識しやすいI-131で標識した後、電気泳動にかけていたのである。
その後行われた身元調査で、スペクターには学士号も修士号もなく、学歴詐称をしていたこと、約5000ドルの小切手2枚を偽造した前科があることが判明した。
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福本氏の書籍によるとスペクターは次のように答えたという。
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スペクターは何も認めなかった。捏造の意図も、捏造の実行も。自分は何も知らない。こんなことは誰かが自分を陥れるために行ったことだ。そう主張した。ラッカーは考えた。重要なのは予断を持って何ごとかを決めてしまわないことだ。スペクターがデータを捏造したという証拠は何もない。ラッカーはスペクターに命じた。三週間の猶予を与える。すべてのリン酸化酵素を新たに生成しなおして自分に手渡してほしい。その活性をこちらで調べ直す。スペクターは言下にイエスと答えた。自信に満ちていた。(福岡伸一『世界は分けてもわからない』第12章「治すすべのない病」より)
(参考)
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この事件は同僚が追試を行っても成功せず、スペクターが関与した時だけ成功したという事で疑義が生じ不正が発覚した。分子量が目的物質とほぼ同じ物質をあらかじめ選別して実験し目的の物質によるデータと偽って発表したという点はES細胞をSTAP幹細胞等と偽って実験データを作った事と類似する。スペクターや小保方晴子が不正を否定した事も共通。異なる物体を目的に合致するように都合よく交換して都合のいいデータを作ってしまったというのは悪意を持って行わなければ決して起きないのでスペクターや小保方晴子が悪意を持って捏造した事は間違いない。上司がラッカーや笹井芳樹といったノーベル賞を受賞してもおかしくない著名人で上司の欲しがるデータを捏造したという点も共通する。スペクターは学歴を詐称し小切手偽造を行った前科があり欺瞞を常態的に行う異常者だった。小保方晴子氏も学生の頃から博士論文のコピペ、画像盗用・捏造、Tissue Eng.誌の論文の画像流用、切り貼り、加工を行っていた不正常習者。スペクターは大学を退学処分、小保方晴子氏も懲戒解雇されるだろう[1]。
こうして二つの事件を比較すると似た事件が繰り返され、同じ要因がいくつかあると思う。要因の一つは不正実行者の倫理意識が欠如し欺瞞を常態的に行う異常者だという事。もう一つは共著者がデータを全然疑わないという事。STAP事件は他にも著名研究者が何人も共著者になっているので信頼できると思ってしまったのかもしれないが、シェーン事件の時も共著者のバートラム・バトログ博士が著名人で不正を疑わなかったという要因があった。共著者間のデータチェックを全然やらずに起きた事件として藤井善隆事件がある。他にも同様の要因で起きた不正事件があるだろう。
学術界は全然反省がなく、同じ要因で同じような研究不正を繰り返していくのか。
参考
[1]大阪大学の論文捏造事件の捏造実行者のように退学にならず研究者になったという悪例が存在する。この捏造犯は大阪大学や指導教授に合計600万円も寄付した。日本の処分は甘い。ところで阪大調査委員会は元学生の捏造実行を正式に認定。元学生は訴えたが敗訴。既判力が及ぶためもう争えない。「By carefully examining the first author's notebook, we found that some of the primary data were erroneously or artificially presented in the paper. 」と撤回公告に出ているので元学生が筆頭著者の論文に捏造があった事は公告されている。