子供「南野陽子とAKB48が正反対というのはわかったけど、おニャン子クラブだってミニスカートじゃないし、エッチな恰好してないからAKB48の真逆じゃないの?南野陽子と同じじゃないの?」
A「おニャン子クラブはAKB48の真逆じゃないね。南野陽子とも全然違うよ。」
子供「例えばどう違うの?」
A「次の曲にははっきり違いが出てるよ。」
象さんのすきゃんてぃ、ハイスクール!奇面組の2代目OP
象さんのすきゃんてぃ、フル
バナナの涙、ハイスクール!奇面組の2代目OP、3分25秒頃から
バナナの涙、フル
子供「年頃の女の子がこんな曲を歌ってたんだ!でもバナナの涙は象さんのすきゃんてぃと違ってエッチじゃないと思うけど。すきゃんてぃみたいな表現がないじゃん。」
A「いや、この曲も十分エッチだよ。」
子供「え、そうなの?どこがエッチなの?」
A「その質問はセクハラだよね。例えば象さんとバナナは同じ意味だよ。」
子供「象さんとバナナが同じ意味?わかんないなー。いったいどういう意味?」
A「セクハラ質問が続くね。クレヨンしんちゃんがよくやってるじゃない。オープニングの曲にもあるよね。」
子供「えー、そういう意味なのー?象さんはクレヨンしんちゃんと同じだからわかるとしても、バナナはどうしてあれだってわかるの?」
A『形からいってそうでしょ。1番の歌詞をあわせて考えればはっきりわかるんじゃない?』
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バナナんボー バナナんボー
男の子の気持ち HA-TE-NA
わからないの
男の子の気持ち HA-TE-NA
不思議ね 変なの!
真赤な夕陽が落ちたら 不機嫌ね
せっかく2人で渚に来たのに
さっきはあんなにはしゃいでいたけど
仕方がないわね あまのじゃくなの
くるり
背中 向けて 少年のままで
゛こんな風に友達でいるのは僕は嫌だよ!゛
ア然!
バナナの涙
瞳にキラリと光る
バナナの涙
責めてるのね
(バナナの涙 作詞:秋元康 作曲:後藤次利)
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子供『「こんな風に友達でいるのは僕は嫌だよ!」って部分が重要なの?うーん、わからないなー。この歌詞の男の子と女の子って恋人同士なんだろうけど、友達同士でもあるんでしょ。彼氏、彼女は英語でboyfriend、girlfriendっていうじゃん!』
A「それは言葉の表記がそうなってるというだけで、通常は恋人の意味で使われるよ。恋人は友達より親密な関係だよ。”こんな風に友達でいるのは僕は嫌だよ”というのは友達より親密な関係を築きたいという意味だね。端的に言えば女の子と性交したいという意味だね。象さんのすきゃんてぃもそれをテーマにしたやつだけどね。」
子供「なるほど。そういう意味なんだ。でも、なんで女の子はア然として涙を流しているの?」
A「この曲の男の子と女の子は若い恋人同士だよね。また男と女の考えの違いもあるよね。男は肉体的な欲望を満たそうとし、女は精神的なもので満足する傾向があるんだね。だから、男の子としては女の子とはやく性交したいんだけど、女の子はそういう気持ちはまだないんだね。お互いに成熟してるなら、適切な対応ができるんだろうけど、女の子は若いからそれができなくて戸惑っているという事だね。”素直でいれたらいいね 果実のまま 青いままで”という歌詞があるから、女の子としてはこのままでいたいということなんだろうね。
秋元康は高校生くらいの男女交際でよくありそうな出来事とその時の男の子と女の子の気持ちを表現したんだろうね。」
子供「女の子がア然として涙を流していた理由はわかったけど、歌詞からいってバナナって女の子の事でしょ?バナナの涙って心身ともに未成熟なのに男の子から体を求められて”今のままがいいのに・・・”っていう切ない気持ちで涙を流したんじゃないの?あれの事じゃないじゃん!」
A「半分正解だね。この場合のバナナは二つの意味があるんだよ。一つは君がいったとおりだよ。果実としてのバナナは女の子を象徴するもので、その涙は君が言った理由で女の子の切ない気持ちから出た涙の意味だね。もう一つのバナナはあれの意味で男の子を表すもの。その涙っていうと、すごーく卑猥な意味で教えられないな。」
子供「なんとなくわかるけど・・・。確かにすごーく卑猥な意味だね。秋元康ってこんな曲を年頃の素人の女の子たちに歌わせてたんだ。セクハラじゃん!」
A「セクハラはさっきから君がやってる事じゃないの?ま、秋元康はそういうエッチな曲を年頃の女の子たちに歌わせたのもインパクトがあって人気が出た理由の一つかもしれないね。」
子供「この曲ってテレビアニメでも使われたんでしょ?こんな曲を使っちゃってよかったの?子供向けのアニメでしょ?」
A「曲が使われたハイスクール!奇面組は週刊少年ジャンプで連載していた漫画で確かに少年向けだったけど、こんな程度ならいいと思ったんでしょ。たぶん小学生には歌詞の意味がわからないだろうという考えがあったんじゃない?特に低年齢になるほどわからないだろうね。」
子供「こんな曲を作らなくてもよかったんじゃ。」
A「歌ってたのが年頃の女の子たちで、青春時代の恋愛をテーマにした歌詞が中心だったんだよ。だからはっきりいって性交は本質的要素で避けられないというか、使わない手はないという考えだったんだろうね。他に、上から3番目の動画を聴けばわかるけど、ピタゴラスの定理やnot only but alsoを使った曲が出てくるでしょ。高校生くらいの学校生活で出てくるものを使った歌詞だよね。それを高校くらいの時代の恋愛と絡ませてうまく表現した歌詞だよ。その辺は秋元康のすごいところだね。」
子供「うーん、なるほど。セクハラもうまく使うとこんな名曲になるんだね。秋元康はすごいな~。」
A「おニャン子クラブはAKB48の真逆じゃなく、南野陽子とも全然違う事がわかったかな?」
子供「ここまで説明されるとさすがにわかったよ。おニャン子クラブとAKB48はどちらも性的なものを売り物にしてたんだね。確かに清純さ、純真さ、処女性を売り物にしてた南野陽子と全然違うね。南野陽子は上みたいな曲はイメージに合わなくて歌わなかっただろうね。」
A「今回はセクハラばっかりで教育上非常によくなかったけど、君もずいぶん学んできたようだね。」
子供「おかげさまで。でも現実のアイドルってどんな感じなのかな?」
A「プライベートではどうかって事?」
子供「うん。」
A「交流した事ないし全くわからないな。ただ、テレビで見るイメージとは全然違うんじゃないかな。」
子供「そうなの?」
A「アイドルのイメージは芸能事務所等の売り手が作り出した架空の人物像だから。そう演じてるだけだよ。アイドル時代の南野陽子だって清純さ、純真さ、処女性を売り物にしてても恋愛に関心がある普通の女の子で、忙しいながらもそれなりに男女交際をしていたんじゃないかな。AKB48だって水着や下着姿を平気で見せたりするようなハレンチな女の子はほとんどいないだろうね。」
子供「現実とアイドル像はずいぶん違うね。」
A「アイドルは仕事でやってるだけだから。」
子供「でも、アイドルはとても人気があってお金持ちで社会的地位があるから恋人や結婚相手には苦労しないんじゃない?それこそいい男なんてたくさん選べるでしょ。」
A「彼女たちと生活があう人たちはなかなかいないと思うけどなー。それに人気があるからといっていい恋人や結婚相手に恵まれて幸福になれるとは限らないよ。」
子供「そうなの?」
A「例えば南野陽子は絶大な人気で、東山紀之やカールスモーキー石井と交際を報じられた事があるね。だけど、どれも破局し、結婚したのは2011年で彼女が44歳の時。その夫も良い人ではなさそうで最近は離婚報道があるね。オードリーヘプバーンや宮崎あおいだって離婚したしね。」
子供「アイドルや芸能人は絶大な人気で社会的な地位が高いから、彼女たちを恋人にしたり、結婚したいと思ってる人たちはたくさんいるけど、高嶺の花だからみんな諦めているという事が多いと思ったけど。」
A「アイドルや女優の仕事を通じて感じる人物像はプライベートとは別物で、はっきりいって架空のものだから。ほとんどの人は現実と区別してるでしょう。現実の幸福は青い鳥と同じようなものかもしれない。アイドルや女優と結婚するより、そっちの方がずっと幸せになれるかもしれない。」
子供「うーん。わかるような気がするけど、結局どれがいいの?」
A「幸福は人それぞれだね。」
皆さんはいかがお考えですか?