STAP論文の不正をなぜ防げなかったのか。いろいろ原因があり、私の推測を述べる。
(1)共著者間のチェックや議論の甘さ、秘密主義
STAP論文は共著者がたくさんいて著名人が多い。本来であれば、共著者が相互に論文をチェックし議論すれば不正は防ぎやすくなる。NHKスペシャルによれば図表の7割以上に何らかの不自然な点がある事がわかっている[1]。そうした論文なら共著者間のチェックで不適切さを訂正できたと思う。共著者の若山照彦氏が論文を投稿する前に原稿を確認していなかったと述べたのでチェックが甘かったことが原因の一つだ。図表の7割以上に不自然な点があったのだから共著者は全然チェックしていない又は故意に見逃したのだろう。ちゃんとチェックしたならそんなに不自然な点を見逃すわけがない。見逃しの原因はおそらく前者でSTAP事件は笹井芳樹氏が小保方晴子氏の囲い込み指導を行ったため多くの誤りを見逃してしまった。(関連1,関連2)ほぼ全ての過程を秘密に扱い第三者の批判を受ける機会を失った事が大きかった。
本来行うべき共著者間のチェックや議論を適切に行っていればSTAP論文の不正は防げたかもしれない。
では故意に見逃した場合はどうすれば防げるのか?NHKスペシャルによると笹井芳樹氏は不自然さに気づきながら見逃した可能性がある事が指摘されている[1][2]。他事件では藤井善隆事件では共著者が不正を黙認し、加藤茂明事件や森直樹事件(関連)では組織ぐるみで不正が実行された。こういう場合に共著者間のチェックや議論で不正を防ぐ事はできない。外部機関がチェックするしかないように思う。
共同研究は信頼関係で成り立っている部分があるので共著者のデータに疑いを持って見たり指摘するのはなかなか難しいかもしれない。また外部機関のチェックも研究の自由さが損なわれる危険もあるので、不正を防ぐ事と自由さの調整が難しい問題だ。少なくとも性善説前提の現行方式は改善しないといけない。
(2)上司のチェックの甘さ
最初のSTAP論文は発表のレベルが全体的に低くネイチャーやサイエンスに投稿した時にボコボコに査読されて拒絶された経緯がある。そこで論文執筆の天才と言われる笹井芳樹氏が執筆者となりネイチャーの掲載にこぎつけた。NHKスペシャルによると掲載されたSTAP論文には笹井氏の論文作成能力の高さが表れていた。笹井氏は元論文から図表を大幅に加筆修正し、その結果図表の7割以上に不自然な点のある論文になった[1]。もちろん図表を提出したのは小保方晴子氏。2人がぐるだった可能性も否定できないと思うがNHKスペシャルでは専門家達が「笹井さんは提出されたデータがいじられていることを全く疑っていなかっただろう。」と言及した。おそらく小保方氏が笹井氏に提出したデータは笹井氏の描くストーリーに沿ったものばかりだったのだろう。
上司が都合のよいデータばかりを提出する部下や学生を疑わず信頼してしまった事が原因の一つだと思う。これはSTAP事件に限らず他の共同研究でも十分起こり得る事だ。一般に研究はうまくいく事ばかりでなく失敗もある程度起きるのが通常で、よい結果ばかり持ってくる部下等は怪しいと思う。上司はデータの正当性をきちんと確認する事が重要である。それをしていればSTAP事件は防げたかもしれない。毎日新聞によると客観的な検証やデータ確認なく論文発表してしまった。それは非常にまずかった。
では部下や学生がなぜ不正を行うかというと上司に取り入って利益を得たいからだろう。上司に迎合する部下がいるのはどの社会でも共通している。それは社会としては通常だが、迎合が悪く働くことがある。H氏の著書ではH氏の研究室でデータを捏造、改ざんして提出した学生がいたらしい。不正をした理由は「先生に気に入られたかったから。」H氏はこの学生との共同研究を丁重に断ったらしい。当然だ。小保方晴子氏が迎合するタイプかと言えば上の事を考えると明らかにそういうタイプだろう。週刊文春やNHKスペシャルではその側面が強調されていた・・・。大した実績や実力がないのに国立大准教授又は講師のPIに相当する理研ユニットリーダーに29歳の若さで就任できた破格の厚遇は小保方晴子氏の迎合力の高さ故だ。
迎合は悪い事ではないが不正は許されないので上司はきちんとデータをチェックしないといけない。むしろ、そのような事をする部下等はできる限り雇わず、雇ってしまったら行動を改善させないとまずい。こういう人物と共同研究していると甚大な損害を受ける事がある。
(1)で述べた加藤茂明事件や森直樹事件ではボスが不正を指示した事件で、この場合はどうすれば防げるのか?森直樹事件では指示に従って不正をした学生等が賞にノミネートされ、不正を止めるように指摘すると排除されてしまう雰囲気があったという。組織ぐるみの不正事件はかなり質が悪い。最近の岡山大学の事件に限らず告発すると学界から追放される、様々な嫌がらせにあうという問題があるので、ORIのような外部の研究不正調査機関は必要だと思うが、最低でも告発者が不利益を受けず不正を告発・相談できる第三者窓口が必要だと思う。
(3)組織のチェックの甘さ、利益優先
STAP事件は理研がきちんと内容を確認せず発表させてしまった事も原因の一つだ。通常の研究成果なら研究機関上層部が確認してから論文発表するという事はない。しかしSTAP論文はノーベル賞級の非常に重要な成果だったので上層部に説明された。この時に上層部が成果をきちんと確認していれば不正を防げたかもしれない。ではなぜそれをしなかったかというと巨額な予算や名声の獲得といった利益を優先してしまったからだろう。キメラマウスまでできたので成果をどうしても出したいという思いが強かったに違いない。STAP論文発表時に小保方晴子氏の若さ、女性の側面、ルックス、おしゃれさ、割烹着、ピンクや黄色の実験室、ムーミンのスッテカーが貼ってある実験器具、スッポンの飼育、iPS細胞に対する優位性などをやたら強調した理研の広報を見れば、いかに理研の利権獲得の欲求が強かったか容易にわかるだろう。改革委員会は「iPS細胞研究を凌駕する画期的な成果を獲得したいとの理研CDBの強い動機があったと推測される」と述べている。
競争が激しい事情はあるが、研究機関は論文の正当性より利益を優先してはいけない。
(4)共著者の利益優先
(1)(2)の不適切さは共著者が論文の正当性より利益を優先させた事も原因の一つだ。STAPの成果は非常に重要なので発表すれば大きな利益が得られる事は簡単に予想できた。だからどうしても論文を出したいという欲求が強く正当性の確認を怠ってしまったのだろう。特に小保方晴子氏は不正が認定され不存在濃厚のスキャンダル会見で「STAP細胞はあります。200回以上作製できた。」と豪語したように、STAP細胞は絶対に存在すると強く信じていたため、どうしても論文を発表したかったのだろう。だから彼女はデータを捏造しても論文を発表したのだろうが、それは論外。理研の秘密主義や笹井芳樹氏の小保方氏の囲い込みによって客観的な検証やデータ確認なしに論文を発表してしまったのは利益優先が原因だろう。
競争が激しい事情はあるが、研究者は論文の正当性より利益を優先してはいけない。
(5)人事の甘さ
どう考えても小保方晴子氏は理研ユニットリーダーになれるほどの実績、実力を持っていない。実験ノートの記載法(関連1、関連2、関連3)など基本的研究能力や知識が十分でなく倫理意識の点でも非常に問題がある。なぜこのような人物が研究者として雇われてしまったのか。しかも国立大の准教授のPIに相当するユニットリーダーに29歳で雇われたのはどう考えても不合理だろう。きちんと人事の審査をしていれば間違いなく小保方晴子氏は雇われなかっただろうし、STAP事件は起きなかっただろう。小保方氏をユニットリーダーに雇ったのはSTAP構想を持つ小保方氏を早期に囲い込みたかったから。そのために正規の手続きを省いた審査が行われた。改革委員会は審査が出来レースで、小保方晴子氏の資質や実績を評価したというよりSTAPの成果が魅力的でiPS細胞研究を凌駕する画期的な成果を得たいという強い動機で小保方氏をユニットリーダーに採用した可能性が極めて高いと言及。
私は期待できる研究テーマを持っている若手にチャンスを与えることはイノベーションの点で重要ではないかと思う。過去の発見の例を見てもオリジナリティや革新は若さが重要ではないかと思うし、重要な成果を出せる研究テーマを選べる能力はかなり重要だ。それで半分以上は決まるという人さえいる。いくら研究能力があってもよい研究テーマを選べない人は革新的な成果を出す事はできない。しかしそういうテーマを選べても基本的な研究技能や知識がない人物はイノベーションを起こせない。理研のユニットリーダー制は革新的なテーマを持った若手にチャンスを与える点でよかったかもしれないが、最低限度の基本的な研究技能や知識を持った人物を審査しなかった点が非常にまずかった。特に小保方晴子氏のように研究倫理が欠如した人物は雇わないようにしないと多くの人が甚大な損失を被る事になる。
(6)学位審査や教育の甘さ
小保方晴子氏の博士論文は序章の約20ページがNIHのHPからコピペされた盗用論文で、第2章以降にもバイオ系会社からの画像剽窃があった。博士論文は著しく妥当性、信頼性が欠け、本来の審査がなされてれば到底合格といえるものでなかった。TE誌には電気泳動画像の切り貼り、加工が見られ常態的に改ざんや剽窃等の不正を繰り返してきた可能性が高い。こうした事を見ると、小保方氏の指導者は何を指導していたのか、学位論文の審査員はどういう審査したのかと批判されても仕方ないだろう。もし適切に教育や学位審査をしていれば小保方晴子氏のように倫理意識が欠如した研究者が出る事はなかったしSTAP事件も起きなかっただろう。これらの改善が必要。
(7)倫理教育の問題
小保方晴子氏は理研で義務付けられていた倫理研修を欠席した。小保方氏だけでなく半数が欠席した。改革委員会も「研修の受講や確認書提出を義務化しながらもそれが遵守されておらず、かつ不遵守が漫然放置されている」と指摘。私はいろいろな機関の倫理やパワハラ等の研修を見たことがあり、受講者の様子を見ると真剣に聞いている人もいるが眠っている人など全く真剣に聞いていない人も多かった。残念ながらそれが普通ではないかと思ってしまった。近年の研究不正の続発で倫理教育の実施が決まっているが、倫理教育だけで不正を防ぐ事はできない。分子生物学会で研究倫理シンポジウムで話をした者すら悪質な捏造を行った現実もある。倫理教育だけでは研究不正は防げないのでORIなどの研究不正調査機関が必要。
(8)データ管理の杜撰さ
小保方晴子氏及び理研によるデータ管理の杜撰さが原因の一つとして指摘されている。詳しくは改革委員会の指摘3(p9~11)を参照。
(9)研究不正を誘発、抑止できない理研CDBの組織的欠陥
改革委員会が指摘したようにiPS細胞研究を凌駕する画期的な研究成果を得るために小保方晴子氏の人事を杜撰に行って能力が不足し倫理意識が欠如した人物を雇ってしまい、秘密主義で他の研究者の客観的批判が得られない状況を作り、小保方氏のデータ管理がずさんでそれを許す組織体制になってしまっていた。研修も実効性がなく確認書も不順守が漫然と放置され、CDBトップが長期間同じメンバーで馴れ合いによるガバナンスが実施され、理研本体もガバナンスにおいて研究不正防止に対する認識が不足している。そうした点が非常にまずかった。早急のCDB解体まで提言されてしまった。
(10)小保方晴子氏の倫理意識の欠如
最大の原因は小保方晴子氏の倫理意識の欠如。欲するデータを作るために様々な細胞を使い分けてデータを捏造したのは非常に悪質。学生の頃から剽窃やデータ加工を繰り返してきたので小さな不正は許されると間違った考えを持ってしまい、それが重大な不正につながってしまったのかもしれない。上原亜希子氏、藤井善隆氏など一線を超えた研究者は山のように不正が見つかる事がある。このような人物を雇わない、出さない方策が必要。
(11)笹井芳樹氏の不可解さ
私は笹井芳樹氏の行動を不可解に感じる。毎日の報道によると『STAP細胞研究を検証したCDBの自己点検からは、自身の記者会見で「文章の書き直しに加わっただけ」と主張していた笹井芳樹・CDB副センター長(52)の深い関与も浮かんだ。小保方氏の採用時から始まった理研の秘密主義に笹井氏による小保方氏の「囲い込み」が加わり、客観的な検証もデータ確認もないまま、論文発表に突き進んだとみられる。
関係者によると、笹井氏がSTAP細胞研究を知ったのは、2012年12月21日の小保方氏の面接時が最初。そこで竹市雅俊・CDBセンター長から論文作成の支援などを依頼された。笹井氏は小保方氏とともに面接のわずか1週間後、英科学誌ネイチャーに投稿する論文1本のたたき台を作り上げたが、小保方氏の過去の実験データを確認することはなかったという。
その後、笹井氏は論文1本の責任著者に入り、研究リーダーに就任した小保方氏が担うはずの人事や物品管理などを取り仕切り、特許申請の発明者にも名を連ねた。竹市氏が笹井氏に期待した研究の指導という枠を超え、論文に直接関与するまでのめり込んだことで、他の共著者の検証機会を奪い、小保方氏への教育もないがしろになった。
笹井氏の研究姿勢については、「秘密主義」と周辺の研究者が毎日新聞の取材に証言している。自己点検でも「囲い込み状態を出現させた」として、STAP細胞研究の密室化を生んだ責任を問われることになりそうだ。笹井氏は当時、CDBの予算要求担当を務めており、STAP細胞研究の影響の大きさから、新しいプロジェクト予算の獲得につながると期待した可能性があるという。
論文の報道発表でも、笹井氏の対応は異例だった。理研は通常、論文の筆頭著者か研究室主宰者(今回の場合はいずれも小保方氏)が広報と調整するが、今回は笹井氏が広報に準備の指示を出し、文部科学省への連絡に関する打ち合わせも担当し、小保方氏はほとんど関与しなかった。後に「不適切だった」として撤回されたSTAP細胞とiPS細胞を比較した資料は、笹井氏が記者会見の前日夜に作り、広報担当者との協議をせずに出席者に配られていた。[3]』
研究費でも不適切さが指摘されている。「小保方さんの出張費を笹井研が負担しています。現在、研究費の管理はとても厳しく、各研究室が独立して採算をとるように指導されているはずです。彼女は彼女で申請すればいいのですから、笹井さんのところが出張旅費を肩代わりする意味がわかりません」(共同研究者、アサ芸+)(関連)
(5)の人事の甘さといい不可解だ。笹井氏ほどの有能で論文執筆能力のある研究者がデータの確認を怠ったのだろう?論文の報道発表時も小保方氏が行うはずの広報準備を笹井氏が行い文科省への連絡も笹井氏が行った。それだけでなく小保方氏が行うはずの人事や物品管理などを取り仕切り、小保方氏の出張費を笹井研が負担。「竹市氏が笹井氏に期待した研究指導の枠を超えて論文に直接関与するまでのめり込んで他著者の検証機会を奪い、小保方氏への教育も蔑ろになった[3]」。
なぜそんな事をしたのだろう?ライバルだった山中伸弥氏のiPS細胞研究を凌駕して幹細胞研究の主導権を取りたかったのか、それとも・・・。正直いって「それとも・・・」の方は好きでなく意図的に避けてきたので言及しないが、笹井芳樹氏の一連の不可解な行動の動機がSTAP事件を起こした原因の一つだと思う。iPS細胞研究を凌駕したいという動機だった場合は上で述べたように論文の正当性よりも利益を優先する仕組みを改善する必要がある。「それとも・・・」の方が原因の場合の話は私は好きではないので改善策の検討は他の人に譲る。
以上。
この記事が今後の研究不正の防止に役立ってほしい。
参考
[1]NHKスペシャル 「STAP細胞 不正の深層」 2014.7.27
[2]具体的にはTCR再構成がキメラマウスで確認できなかった点を故意に見逃したという疑義。STAP論文ではT細胞→STAP細胞→STAP幹細胞→ キメラマウスという作製手順で、T細胞の固有現象であるTCR再構成を追跡することでT細胞が弱酸刺激で初期化され万能性を獲得したというストーリーに なっている。故にキメラマウスでTCR再構成が確認できないとストーリーが成立せず通常は見直しが行われる。しかし小保方晴子氏や笹井芳樹氏らは見直さず 論文を発表してしまった。通常行われる見直しが行われなかったので笹井芳樹氏は故意に不自然さを見逃したのではないかと疑われている。
[3]毎日新聞の報道 その1,2 2014.5.22