研究不正を隠蔽するための常套手段は前から繰り返し使われている。原田英美子氏(滋賀県立大学)らの文献によると某大学の研究不正について講義を行った際に次のような意見などがあったという[1]。
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〇結論が同じだからといって不正論文を撤回
しないのはおかしい
〇元データが消去されているのがそもそもお
かしい
〇再実験も同じグループで行っているなら,
再度同じ捏造をしているという疑念がつき
まとうのではないか
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([1]より)
「結論は影響を受けないので捏造ではない」、同じ研究室による再現で捏造ではないと主張、こういうことは過去に何度もあったと思うが、研究機関、学会、調査委員会は不正を認めると不都合なので、よくこのような理由で不正を隠蔽する。
私が通報した井上幸江らの事件で、山口大学は明らかな加工による改ざんがあっても結論が影響を受けないとして本調査を行わず改ざんを隠蔽した。不正の有無と改ざんとは必ずしも関係なく、結果に影響を与えなくても加工などを行えば改ざんであると不服申し立てで強調したが無視された。
阪大・国環研事件は捏造を隠蔽するため著者が意図的な虚偽記載で不正に全結果と主たる結論を書き換えてまで実質的な再現シミュレーションを行うことで捏造の隠蔽を行った[注意1]。小学生レベルの計算や取扱いを論文等10報以上で間違えて大部分の結果や主たる結論を間違えたなどあり得ず、日本計画行政学会、国立環境研究所、大阪大学もそれをわかっていたはずだが、不都合なことをぐるになって無視して隠蔽したようだ。全結果や主たる結論を書き換える訂正はできない事は出版の常識のはずだが、隠蔽のために不正な大量訂正を出すのは非常に悪質。研究者にとって全結果や主たる結論が間違っていたというのは大きな損失で通常はひどく嫌がるもの、まして論文等10報以上、約5年の研究成果が全て台無しになるのに、著者が意図的な虚偽記載で不正な大量訂正を出す動機は原著論文の捏造を隠蔽するためだろう。大量訂正が正しければ大筋で原著論文は正しいことになる。それなら生データやシミュレーションの設定を示して研究の正当性を示せば済むのに、20万円という大金を支払い、甚大な損失を被ってまで不正な大量訂正で実質的な再現シミュレーションを行うのは余りに不自然すぎる。意図的かつ悪質な不正で無意味に長期かつ大量の研究成果を台無しにするようなものだ。
著者は小保方晴子のSTAP細胞の再現と同じように、再現を示せば捏造ではないと主張したかったのだろう。もちろん著者が同じ捏造を繰り返した事は否定できず、不正な大量訂正による再現は何の意味もない。日本計画行政学会、国立環境研究所、大阪大学は必ず本調査で生データやシミュレーションの設定を調べて判断するように要求されたが隠蔽し調査しなかった。阪大・国環研事件の大量訂正は単に同じ捏造を繰り返して隠蔽しただけだろう。
このように同様の不正な隠蔽は長期、繰り返し、複数の機関がぐるになって実行している。
このような事が長期に繰り返されるのは学会や研究機関が腐っているからというのが大きな原因で、自浄作用には全く期待できないし、それに任せるのはばかばかしい。同じ事が長期繰り返されることが改善する日がくるのだろうか。何度も改善を主張している。いつかそのような日が訪れてほしい。
参考
[1]原田英美子ら、日本の科学者 Vol.56 No.5 May 2021
[注意1]原著論文で研究の目的として以下の記載がある。
「本稿では、日本で産業への負担軽減措置を実施する場合、どういった措置が産業の負担軽減に有効なのか、またその際、日本全体の削減費用はどれくらい増大するのかを、応用一般均衡モデルを用いて定量的に評価し、導入実現性の高い制度の設計へ貢献することを目的としている。」(計画行政 31(2)72-78、2008、 1、はじめに、p72)
原著論文の結論は大きく分けて二酸化炭素削減政策について政策の提言についての定性的な結論と定量的な結論の二つ。原著論文に対してはいろいろ捏造を指摘されたが定性的な結論についても捏造を指摘された。大量訂正では全結果と定量的な結論を不正に書き換え、同じ捏造を繰り返して政策の提言についての定性的結論を不正に再現することで捏造の隠蔽を図ったもの。大量訂正で主たる結論に影響がないことが示されたというのは間違いである。
論文は設定した課題や目的に対応した答えを主たる結論として記載する。上記のとおり原著論文は政策の定量評価で政策決定に貢献する事が目的のため、定量的な結果は主たる結論である。原著論文が基礎の一つとして掲載された博士論文のタイトルも「二酸化炭素排出削減政策の数量的評価」である。
主たる結論や全結果が間違っていた場合は必ず撤回。これは国際的に常識かつ基本的な出版倫理で分野や国を問わず遵守されていることがほとんどである。出版倫理委員会のガイドラインでも発見が間違っていた場合は撤回と明記されている。
日本計画行政学会、国立環境研究所、大阪大学ともにわかっているはずだが、悪い慣れあいで隠蔽。これまでも隠蔽のための大量訂正は何度も出されたが、全結果や主たる結論を不正に書き換えたものは極めて珍しく空前絶後かもしれない。日本計画行政学会は隠蔽の片棒を担いだのだろうが、学会が基本的な出版倫理さえ守れていない事を自ら公表してしまった。大恥だが、そこまでして捏造の隠蔽の片棒を担ぐのだから救いようがない。もちろん、日本計画行政学会、国立環境研究所、大阪大学は指摘しても直さなかった。
不都合な事はぐるになって黙認や隠蔽すれば済むと考えるのは大間違いである。
日本計画行政学会の歴代会長は「伝統ある学会の名誉を汚さないよう努力してまいりたいと思います。」「40年近い学会活動の原点を再確認し、その伝統の重さを誇りにして、日本計画行政学会が社会から求められる使命に関する新たな方向性と広がりを発見する段階にあるからです。そのことの意味を第11代会長として会員諸氏と改めて確認し、学会の今日と明日を共有したいと思います。」などと言っている。
こういう事をいうなら基本的な出版倫理を守らず、不正の隠蔽の片棒を担ぐ不正な大量訂正を出して大恥を晒しているべきではないだろう。伝統や名誉を重視するなら基本的な出版倫理に違反したり不正の隠蔽の片棒を担いでいては極めて不適切である。社会から求められている使命に関する新たな方向性として日本計画行政学会会長がどのように考えているのか不明だが、基本的な出版倫理の遵守や不正の隠蔽の片棒を担がないといった最低限度の事さえ守れていない腐った実態を改善する必要がる。社会から求められている使命を語る前に極めて基本的な規範を守るべきであり、まず最初に全結果や主たる結論を書き換える不正な大量訂正や不正の隠蔽の片棒を担ぐといった醜態を改善すべきである。
それを改善せずに無視して伝統、名誉、社会から求められている使命などを語っても著しく説得力に欠ける。