研究不正が疑われ、間違いを否定できない時、被告発者はほぼ必ず過失を主張する。現実には大事にしないため、この主張を鵜呑みにして不正なしと結論する調査もあるが、公正ではなく、もっと詳しい調査が必要となる。
研究不正の調査では故意性の判断がよく問題になる。研究不正に限った事ではないが主観面は自白以外に直接証拠がないから、なかなか判断が難しい。日本学術会議が調査判断の例を示すと報道されたが、未だに公開されない。本稿では過去の例を紹介する。
(1)小保方晴子の画像流用
小保方晴子は全く異なる研究だった博士論文からテラトーマの画像をSTAP論文に流用した。小保方晴子らは真正な画像があり、それと取り違えたと主張した。笹井芳樹も重要な問題と調査委員会に伝えなかった。
しかし、若山照彦が撤回を呼びかけた当時のインタビューで回答したのは「うっかりミスでは済まされない。」という事。STAP事件の書籍にも 「単純ミスでは済まされない。」という見解が示された。この画像はSTAP論文において多能性を示す有力証拠として示され、核心の一つだった。共著者の若山照彦が論文撤回を他の共著者に呼びかけたのは、この流用が発覚した事が一つの理由だった。当時のネットの様子は、3年も前の全く関係ない博士論文の画像から流用したのは過失では考え難いという意見が多かった。
「STAP細胞」は捏造なのか 2014.3.18 - 緑慎也氏のテラトーマ取違いの説明は15:50頃
動画の緑慎也氏の説明だとテラトーマ画像が核心的なデータだったので言い逃れできないと述べられた[1]。
要するに、論文の重要な画像を何の関係もない研究の画像と取り違える事は通常起らないので、うっかりミス、単純ミスではないという事だ。
故意性を判断する際にデータの重要性を基準にするのは適切か。確かに重要なデータ程、きちんと確認して論文を作成するし、間違いだと重大な影響が出るので単純ミスで済まされないかもしれない。特にSTAP細胞のテラトーマ画像は新型万能細胞の有力な証拠だから、普通の研究者ならテラトーマが確認できた時に非常に嬉しく、強く印象に残るので、そういうデータを全く関係ないものと間違える事はないだろう。
しかし、小保方晴子らは不正を否定するために、あくまで過失だったと主張した。「重要な画像だし、3年前の博士論文の画像と取り違えるのは過失ではまず考えられないから、故意だ。」と指摘しても、彼女たちは納得しなかった。研究者の常識としては、そんな過失はまずないので故意の流用と見抜いた人が多かったが、もしこれだけしか証拠がなかったら理研調査委は裁判での敗訴を恐れて不正を否定したかもしれない。
第一次調査委員会がテラトーマの流用を故意の捏造と判断した重要な要因は上の説明画像で示したように、テラトーマ画像がスキャン画像を切り貼りし、文字に黒塗りを加え、隠した文字と同じ文字を上書きして画像を提示した客観面から故意性が明白である事や小保方晴子の実験ノートが断片的で訂正用画像の正しさを追跡できなかった事だった。第一次調査委員会は裁判で耐えられる明白な証拠がある場合に限って不正を認定したので、第一次調査委員会はこれらの根拠を決定的要因と考えたのだろう。
要するに、外形的、客観的な故意性の証拠がある場合や実験ノート等からデータや結果の正しさを立証できない場合は故意の不正の有力な証拠となる。
おそらく、学術会議が指針を示す時は切り貼りや黒塗り等の加工の痕跡がある場合は故意の不正と見なすべきだという内容を含めるだろう。
(2)ディオバン事件
ディオバン事件は統計解析の元データがディオバンにとって有利な方向ばかりに変わっていて、京都府立医大や慈恵会医大は操作、千葉大学と滋賀医大は操作の可能性を認め論文撤回を勧告、京都府立医大と滋賀医大の責任者は引責辞任した。平成27年版科学技術白書でも本件は研究不正事件として紹介された。一般には研究不正と認識されているが、驚いた事に各大学の調査で故意性が認められたものは一つもない。公式認定はあくまで操作であって改ざんではない。
責任者等はデータの入力ミスを主張した。結論が正しければ論文を撤回する必要はないと反論し、撤回を拒む責任者もいた。撤回せず修正論文を公表したが、学術誌が論文を強制撤回し、責任者は引責辞任した(写し、撤回公告、参考)。
小保方晴子同様、被告発者は不正を否定するために、ほぼ必ず過失を主張する。それを鵜呑みにした調査をしてはいけないのは前に述べたとおりだが、京都府立医大の最初の予備調査は本当にそういう調査をやってしまった。お手盛り予備調査と報道された。
画像の不正ではないから、一般には上の説明画像のような外形的、客観的に故意だとわかる証拠はない。しかし、各大学の調査委員会は有利な方向にデータが変わっている様を故意の改ざんに準じて扱った。公式には故意の改ざんと認定されなかったが、論文が撤回された事や責任者が辞職した事を考えると、実質的には改ざんと同様に扱われたといえる。科学技術白書も不正と扱った。
要するに、有利な方向ばかりにデータや結果を扱うと不正の有力な証拠になる。
過失で有利な方向ばかりに間違えて偶然都合のいい結果を出したと考えるの非常に困難だからだ。データや結果の取り扱い方がまさに「意図的」だ。
学術会議はSTAP細胞事件やディオバン事件を先例に調査判断の方針を作るだろうから、おそらく上の事が例として含まれるかもしれない。
参考
[1]発言通りに書くと「STAP細胞である事の証拠に使う画像なので、これはもう言い逃れできない」